我必須站出來支持,聊聊這部電影,一部以音樂為主軸的電影作鋪陳,停佇在時代愛情故事的娓娓道來,用心打造,值得一看。 「本土、愛情、搞笑」沒那麼膚淺...

跨越六十年七封寄不出去的情書
十年能有幾個可以追尋音樂的夢
一個時代的結束,在1945台灣恆春,有一個最美的故事,
是時代的宿命,有著一個愛情遺憾的原點...
<圖說,you tube的鋼琴影片,電影中動人配樂,就是這首...(感謝coldeyes168)>
隨著電影鋼琴配樂「1945那年」琴韻,
日語旁白娓娓讀誦七封寄不出去的情書,
誰能不感動呢 ?
當週圍的朋友一直在聊「海角七號」這部電影時,
我有點迷惑,
那不就是一部國片嘛...這是我的第一個想法
我的信箱打開,看到「海角七號」簡介,
同事跟我說,請支持國片,這次不BT了...,
點點滴滴的累積,終於在百忙中,
我開啟了GOOGLE大神,一點下去,
YOU TUBE一點下去,哇,我懂了,
我看到一個情感,一個夢,一個美的東西,一個可以說的故事了...
一個勇敢的導演,用力燃燒對電影的熱情,那種堅持,衝勁與魄力,
我慢慢地敬佩起來,
是的,
如果沒有堅持,從開始的50萬,一直拍一值追加到2000萬,3000萬,5000萬,
這個壓力,這個鎮定,
一定是要有一個夢想存在的人,
才能一路走下來,

魏德聖導演這份勇氣...., 在2004年,台灣電影市場無力拍攝大格局、大製作的現實困境 ,他自籌250萬元資金,拍攝了《賽德克.巴萊》5分鐘試拍片,企圖證明台灣的影像創作 實力,震驚台灣影壇,說實在,當時朋友轉寄這部5分鐘影片時,誰會記得導演是誰,但是那部霧社事件為背景的電影試拍,真的讓我很震撼,不會輸給梅爾吉勃遜的電影了...
2008年推出這部影片「海角七號」,耗資新台幣5000萬元拍攝而成,被媒體譽為全台灣電影圈最期待拍出的一部電影。
導演很坦然地說,
其實還是希望能夠完成拍這部《賽德克.巴萊》的夢,
所以先拍這部「海角七號」,
台灣與日本處在一個很矛盾的狀態,
台灣對日本不知道該愛,還是該恨,
是這個大時代所留下來的一種無法解釋的矛盾,
魏導演說,「只有回到歷史的原點,才能看得清楚,
愛情這個事情,也是一樣,
任何一種遺憾,
任何一種愛跟恨,就是要回到原點去看。」
導演讓我門觀眾重新思考這個問題,
「海角七號」要讓愛情回到原點,
《賽德克.巴萊》則是要回到仇恨的原點,去看事情,
才能夠化解,
導演有一個企圖,就是藉由電影傳達一個化解,
一個歷史的化解。化解愛情的遺憾,化解仇恨的遺憾,
讓我想起韓片「假如愛有天意」,也是一部愛情的遺憾。
這樣的中心思想,卻在一部很好看的電影中,
不知不覺地傳達了,
關於信,也讓我想起「硫磺島的家書」這部電影.....
海角官方網站
http://cape7.pixnet.net/album/
海角官方部落格
http://cape7.pixnet.net/blog/9
寫得不錯的BLOG,見解精闢
http://www.wretch.cc/blog/tachingmovie/20443444
================================
本片的成功要素之一,
配角甘草人物比主角要紅,"瓦係國寶 咧"茂柏,多麼自然的鄉土國罵,
代表著台灣老一輩的做事嚴謹與敬業精神,在劇中表露無遺 !!

女主角 友子,演一個自己,一個來台發展的日本人的甘苦心路,FACE很耐看...

增補,感人的寄不出去的情書節錄(引用網路 " 不負責任聽寫情書的路人"內文 )
http://blog.roodo.com/blue1989/archives/7074645.html
1945年12月25日、友子、太陽がすっかり海に沈んだ。これで、ほんとうに台湾島が見えなくなってしまった。君はまだあそこに立ってるかい
友子、許しておくれ、この臆病な僕を、二人のこと決して認めなかった僕を
どんなふうに、君に惹かれるんだったけ、君は髪型の規則をやぶるし、よく僕を怒らせる子だったね
友子、きみは意地張りで、あたらしい物好きで、でも、どうしょうもないぐらい、君に恋をしまった。だけど、君がやっと卒業したとき、ぼくたちは、戦争に敗 れた。僕は敗戦国の国民だ。貴族のように、傲慢だったぼくたちは、一瞬にして、罪人のくび枷をかせられた。貧しいいち教師の僕が、どうして民族の罪を背負 えよ、時代の宿命は時代の罪、そして、僕は、貧しい教師ですぎない、君を愛していても、あきらめなければならなかった。
三日目、どうして、君のことを思わないでいられよう
君は、南国のまぶしい太陽の下で育った学生、僕は雪の舞う北から海を渡ってきた教師、僕らはこんなに違ったのに、なぜ、こうも惹かれあうのか
あの眩しい太陽がなつかしい、あつい風がなつかしい
まだおぼえてるよ、君が赤蟻にはらをたてる様子、笑ちゃいけないとわかてった。でも、赤蟻をふむようす、きれいで不思議なステップを踏みながら、踊っている様子、怒ったにぶり、はげしく軽やかな笑い声、友子、そのとき、僕は恋に落ちだんた
強風が吹いて
台湾と日本の間の海に
僕を沈めてくればいいのに
そうすれば
臆病な自分を負ってやまさずにすむ
友子、たっだ数日の航海で
僕はすっかり老け込んでしまった
潮風がつれてくる泣き声を聞いて
甲板から離れたくない
寝たくもない
僕の心は決まった
陸に着いたら
一生、海を見ないおこう
潮風よ
なぜ、泣き声をつれてやって来る
人を愛して泣く
嫁いで泣く
子供を生んで泣く
君の幸せな未来図を想像して
涙が出そうになる
でも、僕の涙は潮風に吹かれて
あふれる前に乾いてしまう
涙を出さずに泣いて
僕は、また老け込んだ
憎らしい風
憎らしい月の光
憎らしい海
12月の海はどこか怒っている
恥辱と悔恨に耐え
さわがしい揺れを伴いながら
僕が向かっているのは故郷なのか
それとも、故郷を後にしているのか
夕方、日本海に出た
昼間は頭がわれそうに痛い
きょうは,こい霧がたちこめ、昼の間、僕の視界をさえきった
でも、いまは星がとてもきれいだ
おぼえでる、君はまだ中学一年生だったごろ、天狗が月おく農村の伝説をひばりだして
月食の天文理論に挑戦したね
君に教えておきたい理論は、もうひとつある
君は、いま見ている星の光が
数億光年の彼方にある星から放たれてる
知ってるかい
わ~数億光年の前に放たれた光が
いま、僕たちの目に届いてる
数億年の前、台湾と日本は、いったいどんな様子だったろう
山は山、海は海、でも、そこに誰もいない
僕は、星空が見たくなった、うつろやすい、こんな夜で、永遠が見たくなったんだ
台湾で冬を越すらいぎょの群れを見たよ
僕はこんな思いを一匹に託そう
漁師をしている君の父親が、捕まえてくれることを願って
友子、悲しい味がしても、食べておくれ
君にはわかるはず、君を捨てたのだはなく、泣く泣く手放したということ
みんなが寝ている甲板で、低く何度も繰り返す
棄てたのではなく、泣く泣く手放したなど
夜が明けた
でも、僕には関係ない
どちみち、太陽がこい霧がつれてくるだけだ
夜明け前の洸惚の時、年老いた君のゆうびの姿を見たよ
僕は、髪がうすくなり、目もたれていた
朝の霧が舞う雪のように、僕の額をおい
はげしい太陽が君の黒髪を焼き尽くした
僕らの胸の中の最後の余熱はかんぜんにん冷め切った
友子、無能な僕を許しておくれ
友子、無事に上陸したよ
七日間の航海で、
戦後の荒廃した土地に,ようやくたてたのに、海が懐かしんだ
海がどうして、希望と絶望の両端にあるんだ
これが最後の手紙だ、あとでだしにいくよ
海にくばわれた僕たちの愛
でも、思うだけなら、許されるだろう
友子、僕の思いを受け取っておくれ
そうすれば
すこしは僕を許すことができるだろう
君は一生僕の心の中にいる
結婚して子供ができでも
人生の重要な分岐点にくるたび
君の姿が浮かび上がる
重い荷物をもって家出した君
行きかう人ごみの中に、ぽっつんと佇む君
お金をためて
やっと買った白いメディアス帽をかぶってきたのは
人ごみの中で、君の存在を知らしめるためだったのかい
見えたよ
僕には見えたよ
君は静かに立っていた
七月のはげしい太陽のように
それ以上直視するのはできなかった
君はそんなにも、静かに立っていた
冷静につとめたこころが一瞬に熱くなった
だけど、ぼくは心の痛みを隠し
心の声を飲み込んだ
僕は、知っている
思慕という低俗の言葉が
太陽の下の影のように
追えばにげ
逃げれば追われ
一生
あ、虹だ
虹の両端が海を越え
僕と君を、結びつけてくれますように
君を忘れたふりをしよう
僕たちの思い出が渡り鳥ぼように
飛び去ったと思い込もう
君の冬は終わり
春が始まったと思い込もう
本当にそうだと思えるまで
必死に、思い込もう
そして
君が永遠に幸せであることを祈っています
==============
很美的文句,旁白由朗讀者 蔭山征彥 tamio唸來,真是有味道,
看來也是帥哥一個喔。

圖片資料引用自http://cape7.pixnet.net/blog/post/21791546
我其實蠻希望看到梁文音能演幾個橋段,
如果說「海角七號」可以再拍另一個愛情故事,
那就非要拍1945那段淒美的師生戀不可......變成日劇也無不可啊


跨越六十年七封寄不出去的情書
十年能有幾個可以追尋音樂的夢
一個時代的結束,在1945台灣恆春,有一個最美的故事,
是時代的宿命,有著一個愛情遺憾的原點...
<圖說,you tube的鋼琴影片,電影中動人配樂,就是這首...(感謝coldeyes168)>
隨著電影鋼琴配樂「1945那年」琴韻,
日語旁白娓娓讀誦七封寄不出去的情書,
誰能不感動呢 ?
當週圍的朋友一直在聊「海角七號」這部電影時,
我有點迷惑,
那不就是一部國片嘛...這是我的第一個想法
我的信箱打開,看到「海角七號」簡介,
同事跟我說,請支持國片,這次不BT了...,
點點滴滴的累積,終於在百忙中,
我開啟了GOOGLE大神,一點下去,
YOU TUBE一點下去,哇,我懂了,
我看到一個情感,一個夢,一個美的東西,一個可以說的故事了...
一個勇敢的導演,用力燃燒對電影的熱情,那種堅持,衝勁與魄力,
我慢慢地敬佩起來,
是的,
如果沒有堅持,從開始的50萬,一直拍一值追加到2000萬,3000萬,5000萬,
這個壓力,這個鎮定,
一定是要有一個夢想存在的人,
才能一路走下來,

魏德聖導演這份勇氣...., 在2004年,台灣電影市場無力拍攝大格局、大製作的現實困境 ,他自籌250萬元資金,拍攝了《賽德克.巴萊》5分鐘試拍片,企圖證明台灣的影像創作 實力,震驚台灣影壇,說實在,當時朋友轉寄這部5分鐘影片時,誰會記得導演是誰,但是那部霧社事件為背景的電影試拍,真的讓我很震撼,不會輸給梅爾吉勃遜的電影了...
2008年推出這部影片「海角七號」,耗資新台幣5000萬元拍攝而成,被媒體譽為全台灣電影圈最期待拍出的一部電影。
導演很坦然地說,
其實還是希望能夠完成拍這部《賽德克.巴萊》的夢,
所以先拍這部「海角七號」,
台灣與日本處在一個很矛盾的狀態,
台灣對日本不知道該愛,還是該恨,
是這個大時代所留下來的一種無法解釋的矛盾,
魏導演說,「只有回到歷史的原點,才能看得清楚,
愛情這個事情,也是一樣,
任何一種遺憾,
任何一種愛跟恨,就是要回到原點去看。」
導演讓我門觀眾重新思考這個問題,
「海角七號」要讓愛情回到原點,
《賽德克.巴萊》則是要回到仇恨的原點,去看事情,
才能夠化解,
導演有一個企圖,就是藉由電影傳達一個化解,
一個歷史的化解。化解愛情的遺憾,化解仇恨的遺憾,
讓我想起韓片「假如愛有天意」,也是一部愛情的遺憾。
這樣的中心思想,卻在一部很好看的電影中,
不知不覺地傳達了,
關於信,也讓我想起「硫磺島的家書」這部電影.....
海角官方網站
http://cape7.pixnet.net/album/
海角官方部落格
http://cape7.pixnet.net/blog/9
寫得不錯的BLOG,見解精闢
http://www.wretch.cc/blog/tachingmovie/20443444
================================
本片的成功要素之一,
配角甘草人物比主角要紅,"瓦係國寶 咧"茂柏,多麼自然的鄉土國罵,
代表著台灣老一輩的做事嚴謹與敬業精神,在劇中表露無遺 !!

女主角 友子,演一個自己,一個來台發展的日本人的甘苦心路,FACE很耐看...

增補,感人的寄不出去的情書節錄(引用網路 " 不負責任聽寫情書的路人"內文 )
http://blog.roodo.com/blue1989/archives/7074645.html
1945年12月25日、友子、太陽がすっかり海に沈んだ。これで、ほんとうに台湾島が見えなくなってしまった。君はまだあそこに立ってるかい
友子、許しておくれ、この臆病な僕を、二人のこと決して認めなかった僕を
どんなふうに、君に惹かれるんだったけ、君は髪型の規則をやぶるし、よく僕を怒らせる子だったね
友子、きみは意地張りで、あたらしい物好きで、でも、どうしょうもないぐらい、君に恋をしまった。だけど、君がやっと卒業したとき、ぼくたちは、戦争に敗 れた。僕は敗戦国の国民だ。貴族のように、傲慢だったぼくたちは、一瞬にして、罪人のくび枷をかせられた。貧しいいち教師の僕が、どうして民族の罪を背負 えよ、時代の宿命は時代の罪、そして、僕は、貧しい教師ですぎない、君を愛していても、あきらめなければならなかった。
三日目、どうして、君のことを思わないでいられよう
君は、南国のまぶしい太陽の下で育った学生、僕は雪の舞う北から海を渡ってきた教師、僕らはこんなに違ったのに、なぜ、こうも惹かれあうのか
あの眩しい太陽がなつかしい、あつい風がなつかしい
まだおぼえてるよ、君が赤蟻にはらをたてる様子、笑ちゃいけないとわかてった。でも、赤蟻をふむようす、きれいで不思議なステップを踏みながら、踊っている様子、怒ったにぶり、はげしく軽やかな笑い声、友子、そのとき、僕は恋に落ちだんた
強風が吹いて
台湾と日本の間の海に
僕を沈めてくればいいのに
そうすれば
臆病な自分を負ってやまさずにすむ
友子、たっだ数日の航海で
僕はすっかり老け込んでしまった
潮風がつれてくる泣き声を聞いて
甲板から離れたくない
寝たくもない
僕の心は決まった
陸に着いたら
一生、海を見ないおこう
潮風よ
なぜ、泣き声をつれてやって来る
人を愛して泣く
嫁いで泣く
子供を生んで泣く
君の幸せな未来図を想像して
涙が出そうになる
でも、僕の涙は潮風に吹かれて
あふれる前に乾いてしまう
涙を出さずに泣いて
僕は、また老け込んだ
憎らしい風
憎らしい月の光
憎らしい海
12月の海はどこか怒っている
恥辱と悔恨に耐え
さわがしい揺れを伴いながら
僕が向かっているのは故郷なのか
それとも、故郷を後にしているのか
夕方、日本海に出た
昼間は頭がわれそうに痛い
きょうは,こい霧がたちこめ、昼の間、僕の視界をさえきった
でも、いまは星がとてもきれいだ
おぼえでる、君はまだ中学一年生だったごろ、天狗が月おく農村の伝説をひばりだして
月食の天文理論に挑戦したね
君に教えておきたい理論は、もうひとつある
君は、いま見ている星の光が
数億光年の彼方にある星から放たれてる
知ってるかい
わ~数億光年の前に放たれた光が
いま、僕たちの目に届いてる
数億年の前、台湾と日本は、いったいどんな様子だったろう
山は山、海は海、でも、そこに誰もいない
僕は、星空が見たくなった、うつろやすい、こんな夜で、永遠が見たくなったんだ
台湾で冬を越すらいぎょの群れを見たよ
僕はこんな思いを一匹に託そう
漁師をしている君の父親が、捕まえてくれることを願って
友子、悲しい味がしても、食べておくれ
君にはわかるはず、君を捨てたのだはなく、泣く泣く手放したということ
みんなが寝ている甲板で、低く何度も繰り返す
棄てたのではなく、泣く泣く手放したなど
夜が明けた
でも、僕には関係ない
どちみち、太陽がこい霧がつれてくるだけだ
夜明け前の洸惚の時、年老いた君のゆうびの姿を見たよ
僕は、髪がうすくなり、目もたれていた
朝の霧が舞う雪のように、僕の額をおい
はげしい太陽が君の黒髪を焼き尽くした
僕らの胸の中の最後の余熱はかんぜんにん冷め切った
友子、無能な僕を許しておくれ
友子、無事に上陸したよ
七日間の航海で、
戦後の荒廃した土地に,ようやくたてたのに、海が懐かしんだ
海がどうして、希望と絶望の両端にあるんだ
これが最後の手紙だ、あとでだしにいくよ
海にくばわれた僕たちの愛
でも、思うだけなら、許されるだろう
友子、僕の思いを受け取っておくれ
そうすれば
すこしは僕を許すことができるだろう
君は一生僕の心の中にいる
結婚して子供ができでも
人生の重要な分岐点にくるたび
君の姿が浮かび上がる
重い荷物をもって家出した君
行きかう人ごみの中に、ぽっつんと佇む君
お金をためて
やっと買った白いメディアス帽をかぶってきたのは
人ごみの中で、君の存在を知らしめるためだったのかい
見えたよ
僕には見えたよ
君は静かに立っていた
七月のはげしい太陽のように
それ以上直視するのはできなかった
君はそんなにも、静かに立っていた
冷静につとめたこころが一瞬に熱くなった
だけど、ぼくは心の痛みを隠し
心の声を飲み込んだ
僕は、知っている
思慕という低俗の言葉が
太陽の下の影のように
追えばにげ
逃げれば追われ
一生
あ、虹だ
虹の両端が海を越え
僕と君を、結びつけてくれますように
君を忘れたふりをしよう
僕たちの思い出が渡り鳥ぼように
飛び去ったと思い込もう
君の冬は終わり
春が始まったと思い込もう
本当にそうだと思えるまで
必死に、思い込もう
そして
君が永遠に幸せであることを祈っています
==============
很美的文句,旁白由朗讀者 蔭山征彥 tamio唸來,真是有味道,
看來也是帥哥一個喔。

圖片資料引用自http://cape7.pixnet.net/blog/post/21791546
我其實蠻希望看到梁文音能演幾個橋段,
如果說「海角七號」可以再拍另一個愛情故事,
那就非要拍1945那段淒美的師生戀不可......變成日劇也無不可啊
